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宮崎地方裁判所 昭和59年(わ)16号 判決 1985年6月28日

主文

被告人丸益通商株式会社を罰金二〇万円に、被告人種子田益夫を懲役一年及び罰金二〇万円に各処する。

被告人種子田益夫において右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人種子田益夫に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人丸益通商株式会社は、宮崎市吾妻町九番地に本店をおき不動産業などを営んでいるもの、被告人種子田益夫は、被告人会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人種子田は被告人会社の業務に関し、昭和五七年一二月七日ころ、被告人会社本店事務所において、ロールスロイス観光株式会社に対し、被告人会社所有にかかる同市橘通西三丁目一九番八所在の鉄骨造陸屋根六階建建物を、ロールスロイス観光株式会社代表取締役姫野早美がトルコ嬢と称する売春婦に対し右建物の浴場付個室を売春の場所として提供することを業とするものであることの情を知りながら、賃貸借期間一年間、敷金八〇〇万円、賃料月額三五〇万円の約定で賃貸して引渡し、もつて情を知つて売春を行う場所を提供することを業とするのに要する建物を提供したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

罰条     売春防止法一三条一項、一四条

労役場留置  被告人種子田につき、刑法一八条

執行猶予   被告人種子田に対する懲役刑につき、刑法二五条一項

訴訟費用   刑事訴訟法一八一条一項本文

(若干の争点に対する判断)

一  姫野早美の検察官に対する昭和五八年一二月一四日付、昭和五九年一月二二日付、同月九日付各供述調書(前二者はいずれも謄本)を刑事訴訟法三二一条一項二号後段の書面として採用したことについて

証人姫野早美の当公判廷における供述(検察官の請求にかかる分)は、(イ)姫野が被告人種子田から借りていた一〇〇〇万円を約定どおり返済できなくなつたこと、(ロ)そこで、姫野は、右返済期限である昭和五六年六月三〇日ころ、当時の被告人種子田方において、同被告人に対し、「トルコ風呂用の建物を建築して貸して欲しい。そうすれば一か月に八〇〇万円ないし一〇〇〇万円の売上げは自信があります。経費は三〇〇万円弱でまかなえるから、月五〇〇万円以上の純利益が出ます。」などと懇請したところ、同被告人においても結局は姫野の右申し出を受け入れたこと、(ハ)その結果、被告人会社において本件建物を建築し、これを姫野が代表者であるロールスロイス観光株式会社に賃貸したこと、以上については明快で動揺も見られないが、(ロ)の詳細な事情ということになると著しく曖昧で前後矛盾するものとなつており、又本件建物の建築に至る間の各種折衝における被告人種子田の言動について、川口富男(二通)泉泰浩の検察官に対する各供述調書中のそれと相違するものとなつていることを容易にみてとることができる。

これは、姫野において右(ロ)の際「足を向けて寝られない」という程に感謝し恩義を感じている被告人種子田及びその経営する被告人会社が、まさに右(ハ)によつて売春防止法違反として刑責を問われている本件にあつて、被告人らはいずれもその外形的事実は認めながらも被告人種子田のいわゆる「知情性」を否認し、無罪を主張して争つているのであり、そうである以上、被告人種子田の面前においては被告人らに不利な供述をすることが憚られたことによるものと推察されるのである。これに対して、姫野の前記各供述調書は、いずれも右公判廷における供述よりも八ないし一〇か月程度早い時期に、しかも検察官の面前における供述を録取したものであるから、記憶もまだしも新しく、何よりも被告人種子田の影響を遮断した状態での供述であること、その内容は全体として筋道のとおつた首尾一貫したものであつて、何ら不自然、不合理な点を見出せないこと、前記川口、同泉の検察官に対する各供述調書中の供述記載とも整合性を有するものであることが認められるのであつて、これら諸点に鑑みれば、証人姫野の前記当公判廷における供述よりも同人の前記検察官に対する各供述調書の方を信用すべき特別の状況にあるものということができる。

以上により、前記各供述調書を採用した次第である。

二  被告人種子田の検察官に対する各供述調書中の自白の任意性及び信用性について

弁護人は、右自白は早期釈放の約束と引換えに取調官のいうがままになされたものであるから、任意性も信用性もないと主張する。

そこで判断するに、被告人種子田は昭和五八年一月四日に逮捕され、引続き勾留及び勾留の延長がなされ、同月二五日本件起訴がなされたことが記録上明らかであるところ、同被告人が右のとおり身柄を拘束されたことによつて、その経営にかかるいくつかの会社等の業務に支障を生じたこと、そのために同被告人としてはできるだけ早い時期の釈放を願つていたことは証拠上優に窺い知ることができるけれども、それだからといつて、同被告人が当公判廷において供述するように、取調官(同被告人の供述は多分に曖昧であるが、結局、取調に当つた菊地定利ら警察官を指すものの如くである)が同被告人に対し、自白と引換えに早期釈放の約束を与えたとか、それに類する言動をしたというようなことは、これを真向うから否定する証人菊地定利の当公判廷における供述(これは全体として極めて率直な供述であるとの印象を受けるもので、信用してよいものと考える)に照らして容易に措信し難いところである。そればかりか、同被告人の右供述によつても、同被告人は身柄拘束の期間中その弁護人と相当頻繁に接見することができたこと、その際の弁護人らの勧告ないしは助言もあつて右自白をなしたことが窺えるのであつて、この一事をとつてみても右自白の任意性を疑わしめるに足る事情がないことは明白だと言わなければならない。又右自白の信用性についても、同被告人が述べる、右自白をなすに至つた経緯及び動機並びにそれまで否認の供述を維持していた理由などは極めて自然で納得できるものであること、更にその自白の内容も他の証拠とも整合性があつて、不自然、不合理な点は特に見出せないことからすれば、これが十分に信用できるものであることは多言を要しないところである。

よつて、弁護人の前記主張は何ら理由がないことに帰する。

三  被告人種子田の売春防止法一三条一項にいういわゆる「知情性」について

弁護人は、証人姫野早美(検察官の請求にかかる分)及び被告人種子田の当公判廷における各供述に依拠して、同被告人には右「知情性」がなかつた旨主張するけれども、姫野早美及び被告人種子田の検察官に対する各供述調書によれば、この点を優に認めることができるのである(なお、この「知情性」について、弁護人は、未必の認識では足りないとか、ある程度具体的な事実の認識が必要であるなどと主張するのであるが、仮にそのような前提に立つとしても、被告人種子田に「知情性」があることは十分に認められるところである)。

そして、右証人姫野の当公判廷における供述よりも同人の検察官に対する供述の方がより信用できることは既に前記一でみたところからして自ずから明らかであり、被告人種子田の検察官に対する供述(自白)に信用性があることも既に前記二において一言したところである。そこで、ここでは被告人種子田の当公判廷における供述について検討するに、右供述は全体的には右「知情性」を極力否認するものであることは明白であるが、部分的には「……もつと端的に言えば、売春は行われないものだと思つていたんですか。」という弁護人の質問に対して「行われないと思つていたと言われるとうそにもなるでしようけれども、私は売春がどうのこうのということで貸したものじやありませんので。……」と答え、同じく「いわゆるトルコが警察の手入れを受けると、あるいは受けたことがあるというようなことはどうですか。」という質問に対して「結局そういうことはわかつておりましたけれども、家主の私まであつたことは宮崎にも一件もありませんので、私の知合いもビルを貸しておるような状態ですので、そういうことも見ていますので、まさか貸しておる人間まであるというようなことは全く認識しておりませんでした。」と答えるなど、あたかも「知情性」があることを前提とするかのような供述もしているのであつて、必ずしも首尾一貫していないものと言わなければならない。更に、同被告人は、いわゆるトルコ風呂のイメージとして「東京温泉」なるものを思い浮かべた旨当公判廷において強調するのであるが、右「東京温泉」の営業型態などは証拠上必ずしも明らかではないものの、そのパンフレツトによれば、これはいわゆるトルコ風呂ではなくサウナであることが明白であり、右両者が大いに性格を異にするものであることは言を俟たない(被告人種子田においても、その認識の当否は別として、この両者を区別していることが同被告人の当公判廷における供述によつて認められる)から、この点も容易に措信し難いところである。このようにみてくると、「知情性」に関する同被告人の当公判廷における供述は全体として信用することができないものと言うほかはなく、前記認定を左右するに足るものはないということに帰するのである。

四  いわゆる公訴権濫用の主張について

弁護人は、本件公訴提起は検察官においてその公訴権を濫用したものである旨主張するところ、その要旨は、「(イ)いわゆるトルコ風呂において売春が常態化しているといわれる割には、トルコ風呂における売春関係事犯の取締り状況はいかにも手ぬるく、特に金融機関や建物所有者が売春防止法一三条違反として追及されることは殆んどないというのが実情であるところ、このことは宮崎県下においても例外ではなく、本件を除いてはその例を見ないのである。しかるに、この度被告人らに対してのみ狙い打ち的に強制捜査権を発動し、ことさら不利益に取扱う意図のもとに偏頗な差別的捜査を行つたものである。(ロ)本件捜査は、もともと被告人種子田に対する別件事件の捜査に利用することを意図してなされた違法なものであるところ、結局右別件の裏付けが取れなかつたため、やむなく、他に例を見ず、しかも本件は諸般の情状に鑑みれば起訴猶予相当事案であるにも拘らず、敢えて起訴に踏み切つたものである。(ハ)このような検察官の態度は、被告人らに対してことさら不当、不利益な差別的取扱いをするものと言うべきであるから、本件起訴は憲法一四条に違反し、ひいては憲法三一条に違反するものとして無効であり、又、訴追裁量権を逸脱したものとして刑事訴訟法二四八条に違反するから、同法三三八条四号を準用ないし類推適用して公訴棄却の判決がなさるべきものである。」というのである。

そこで判断するに、弁護人提出にかかる各種文献、証人浜砂義憲の当公判廷における供述等の証拠によれば、弁護人主張の右(イ)前段のような事情はこれを認めることができる。しかし、いわゆるトルコ風呂売春の取締りは、密室内の犯罪が対象であるだけに、特に犯意の立証等の点で必ずしも容易ではない性質のものであること、まして売春防止法一三条違反の摘発はいわゆる「知情性」の立証という点でより一層の困難を伴うこと等々が予想されるのであつて、捜査機関の能力にも人的・物的両面で限りがある現状では、弁護人がいうところの一斉摘発などは言うは易くして現実にはまことに困難であることは容易に理解されるところである。そのような現状にあつては、証人浜砂義憲の供述するように、摘発をするに際して一定の「しぼり込み」(摘発対象店の取捨選択)がなされることもやむを得ないことであり、その際、立証の難易度はもとより、摘発対象店の設備が豪華で遊客数も多いなど他店に比べて目立つ存在であるというような要素まで考慮されるとしても、これをもつて一概に不当な差別と目することはできないものと言わなければならない。

又、証人一木芳水の当公判廷における供述その他の証拠によれば、捜査当局が被告人種子田に対し本件の他にも何らかの犯罪の嫌疑を抱いて捜査していたことが十分に窺えるのであるが、それ以上に弁護人が右(ロ)において主張するような事情を認めることはできないし、まして本件が起訴猶予相当事案であるなどというのは弁護人の独自の判断であつて到底左袒することのできないところである。むしろ売春事犯の根を絶つためにも、立証の見込みさえあれば、この種事犯を起訴し厳しく断罪することは大いに求められているものと言わなければならない。

以上によれば、これ以上立入つて検討するまでもなく弁護人の主張は全く理由のないことが明らかである。

(量刑の理由について)

本件は、被告人種子田において、姫野早美に対して有していた貸金債権の回収を図るとともに、それ以上に、高額の家賃収入を得るという目的をもつて、姫野の申し出に応ずる形で敢行されたものであるが、姫野との密接な連絡の下に、まさにいわゆるトルコ風呂用の本件建物を新たに建築してこれを貸与するなど、単に姫野の売春の場所提供業を助長したというにとどまらず、姫野の右犯行に積極的に加担したという意味では姫野の共同正犯者的な役割を果したものと評価すべき事案であつて、被告人らの刑責は重いと言わなければならない。しかも、被告人種子田は当公判廷において捜査段階の自白を翻し、いわゆる「知情性」を争つて無罪である旨主張してやまないなど、その無反省ぶりは目に余るものがある。

これらの諸事情に照らせば、この際同被告人に対しては厳しい態度をもつて臨むことも考えられないではないが、姫野が懲役一年二月及び罰金三〇万円、右懲役刑については二年間執行猶予という判決を受けるにとどまつていること、従来、売春防止法一三条違反の違反者の刑責が問われたことは余りなく、その意味では被告人種子田が自己の刑責をやゝ甘く考えてしまつたということにも幾分かは無理からぬ点があること、同被告人には業務上過失傷害罪等により罰金前科が二犯あるほかは前科がないことなどの諸点をも考慮すれば、この際はやはり主文掲記の刑にとどめるのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

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